テストとは才能と努力との戦いですね。

昨日定期テストの最後の対策を授業で行っていたのですが、

ある中3生が社会の確認テストをスラスラ解いていたのです。

 

私が「何でそんなに解けるの?そんなに勉強していないよね?」

すると、その生徒は「今回は学校ワークをしっかり解いたからわかります」と答えたのです。

 

とはいっても、その生徒はそこまで学校ワークを繰り返しているわけではありません。

せいぜい2回くらいしか解いていないのではないでしょうか?

それなのに、その生徒はしっかりと理解してきたのです。

 

この生徒は普段、塾で社会は教わっていません。塾で勉強方法を教えただけです。

その方法を期日を守ってやっただけなんですね。

私はこの生徒の才能に驚きました。ハッキリ言って中学生時代の私よりも才能があると思います。

 

私は中学生時代、自分のことを凡人だと理解していたので、定期テスト前はひたすら学校ワークを何度も解いてテストに臨んでいたんです。

それはそれで効果があったので良かったのですが、自分より勉強していない才能ある友人に勝つことはできませんでした。

 

一方で、今回努力をものすごくしていた生徒がいます。

学校ワークも期日よりも早めに仕上げて、ワークも何度も解いていました。

最低でも上記の生徒よりも解いていましたね。

 

それでも、同じ社会の対策プリントをやらせてみるとペンが進むのが遅いのです。

その生徒がかなりの努力をしていたことを、私は知っていました。

しかし、直前の対策プリントに手が出ないのです。

 

とはいっても、まったく勉強の成果がないわけではありません。

用語自体はしっかりと頭に入っているのです。

私が問題で何を聞かれているのかをかみ砕いて聞いてみると、スラスラ答えを言ってきました。

 

両者の違いはどこにあるのでしょうか?

簡単に言えば、「才能がある人間」と「努力の人間」の差です。

それでも、ここまで違いが出てきてしまいます。

 

才能のある生徒は、勉強自体に興味を持ちます。

「この歴史の分野はやってて面白いから、頭に入って来るんですよ」と

言っていました。

しかし、努力の生徒は言葉は覚えても、興味自体は薄いんです。

 

才能というのは、興味が持てるか持てないか、なのかもしれません。

勉強に興味があって、できると楽しくなっていく・・・

そんな生徒が才能があるのかもしれませんね。

 

何事も興味をもって楽しんでやることが大事なんでしょう。

かといって、努力がダメなわけではないです。

努力型の人間は、努力ができる才能をもっているわけですから、

足りないのは興味をもつことでしょうね。

 

 

努力ができる人間が、色々なことに興味を持てるようになったら最強ですよ。

まずは色々なことに疑問をもつことから始めていきたいですね。

 

 

それでは今日はこの辺で。